2013年8月16日金曜日

アルハラの次に注目すべきお酒の問題

アルコールハラスメントという言葉が生まれ、一気飲みや飲酒の無理強いが悪であるという価値観はすでに世の中に広く行き渡った。宴会は長らくお酒を飲む人たちが中心になって行われてきたが、今の日本における宴会は、お酒を飲まない人にとっても、以前よりずっと居心地がよいものになっているように思う。しかし、もし「お酒を飲まない自由」が完全に認められたとしても、そこにはまだ解決されていない問題が残っている。それはお金の問題だ。

飲まない人にとってもよい時代?

人類の歴史は人権の拡大の歴史だ。政治に参加する権利がすべての国民に認められ、人種差別、男女差別なくなり、信教の自由が守られるようになった。さらに現代では、セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、アカデミックハラスメントという言葉に代表されるように、特定の関係における地位や権力を別の関係で振りかざし、相手に不快な思いをさせることは許されなくなった。社会は、より個人の自由を求めて変化し続けている。

アルコール問題についても、この流れが当てはまる。アルコールハラスメントという言葉が生まれ、一気飲みや飲酒の無理強いが悪であるという価値観はすでに世の中に広く行き渡った。また、飲酒を断りにくい雰囲気を作るといった、広い意味での強要についても、啓発活動が続けられている。宴会は「飲み会」とも呼ばれるように、長らくお酒を飲む人たちが中心になって行われてきた。しかし今の日本における宴会は、お酒を飲まない人にとっても、以前よりずっと居心地がよいものになっていると思う。

  • ちなみに僕は、お酒は大好きです。それぞれに魅力があると思うけど、特に日本酒とウイスキー、ブランデーをよく飲みます。でも、たくさん飲むと翌日目覚めが悪くて後悔する(´・_・`)

解決されてないお金の問題

しかし、もし「お酒を飲まない自由」が完全に認められたとしても、そこにはまだ解決されていない問題が残っている。それはお金の問題だ。

普通、お酒はソフトドリンクに比べて単価が高い。しかも、お酒を飲む人と飲まない人でその注文量は極端に違う。ところが、飲食の会計はすべてを含めて「割り勘」になることが多い。そのため、飲食代金の負担が不公平になる。例えば、大勢で飲食して会計が割り勘で4000円となったとき、お酒を飲まない人が飲食した額は実際には3000円で、その1000円の差額が多く飲む人のお酒に支払われているようなことは日常的にある。

つまり、「お酒を飲まない自由」というのは、多くの場合「飲まない代わりに他人のお酒の代金を支払う自由」なのである。これが自由と呼べるだろうか?

この問題は、飲み放題を付けて事実上の「定額制」とすることで解決されるように思われる。ところが、飲み放題にも問題がある。

飲み放題の欺まん

飲み放題は、一見負担が公平であるように思える。なぜなら、酒豪がたくさん飲んでも、下戸が少ししか飲まなくても、個々人の負担は変わらないからだ。

しかし、実は「飲み放題」は、単に「割り勘」という行為を幹事に代わって店舗が行なっているに過ぎない。店舗はメニューを作るとき、当然赤字にならない価格設定を考える。それは飲み放題でも同じだ。飲み放題を注文する人のうち、お酒をたくさん飲む人、そこそこ飲む人、まったく飲まない人の割合を予測して、全体として利益が出るだろうと思われる価格を見つけ出す。そしてその値段で飲み放題を提供する。分母がグループごとではなく「飲み放題を注文した客全員」なので、大酒飲みばかりと宴会を開いて悲惨な思いをすることはないが、それでもその飲食店での飲み放題の利用者全体の中では、飲まない人が飲む人のお酒の代金を負担していることに変わりはないのである。

感謝されることのない「贈り物」

宴会でのお酒の代金については、単に負担が不公平なこと以上に大きな問題がある。多く負担した人が、多く消費した人からまったく感謝されないのだ。

AさんがBさんに何か贈り物をしたとする。するとBさんはAさんに感謝し、二人の関係は今まで以上によくなるのが普通だ。贈り物は「自分はあなたを気にかけています」という表明になり、人間関係の潤滑油となる。そして、二人の関係がよくなれば、Aさんもいずれ得をするのである。

ところが、宴会の割り勘における余計な負担というのは、金銭の移動に関しては贈り物と同じであるのに、贈り物で得られるはずの関係が以下の3つの理由でまったく築けない。

1. 割り勘はルール

贈り物に価値があるのは、それが本人の意思によるものだからだ。ところが、割り勘は自主的なものではなくて慣習(≒ルール)である。ルールで決められていることについては、ルールにしたがう以外の選択肢はない。だから、本人の意思を伝えることはできず、関係の構築には貢献できない。

2. 割り勘は不特定

贈り物は、相手を指定するからこそ価値が増す。だから、「余ったからあげるよ」よりも「君のために買ってきたよ」の方がよい関係を築ける。

ところが、割り勘は相手を指定しない。3人以上での割り勘は不特定の人々が不特定の人々の飲み代を負担している。これでは、自ら割り勘の負担を申し出たとしても、それほどよい関係を築くことはできないだろう。

3. そもそも酔った状態

もう一つ、宴会とアルコールという組み合わせが、そのとても気付きにくい不公平をさらに気付きにくくしている。ひとたび宴会が始まってしまえば、みんな会話に夢中でそんなことを気に掛ける人はいない。


これらは逆に、たくさん飲む人の後ろめたさを軽減しているともいえるだろう。ルールであるから不公平は自分の責任ではないし、不特定の人からもらったお金なので遠慮も不要なのだ。

また、しばしば不公平を解消するために設定される「飲み放題」は、不公平「感」の解消には貢献するかもしれないが、実際には不公平であるという事実をますます覆い隠し、感謝されることのない贈り物は、さらに感謝されなくなる。

あるべき宴会の姿

では、理想的な宴会とはどんなものだろう。もちろんそれは、自分が飲食した分を自分が負担する宴会だろう。ただ、それは4, 5人程度までであればうまく行くが、大勢になると難しい。

現実的な唯一の解決策は、キャッシュオンデリバリー方式を採用することだ。この方式だと、自分が飲んだ分だけを負担できる。また、大勢でつまむフードは、おごりたい人がおごるようにすればいい。この状態のおごりは明確な贈り物なので、よい人間関係を築く材料になる。

現状、和風の居酒屋でキャッシュオンデリバリーに対応しているところはほとんどないが、いずれ電子マネーの普及によって対応することを期待したいと思う(´・_・`)